漫画だけではないけれど。
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ヘタリア問題の、特に↑このへんを見ていて、以前ブックマークした記事を思い出したので読み返させていただいた。
このエントリでよしながふみと恩田陸の対談が紹介されているので孫引きさせていただくと、
(怯えながらマンガを描くというよしなが氏は、恩田氏に「どうして」と訊かれて)
やっぱり表現することの恐ろしさというか……特に漫画って非常に具体的な表現ですよね。(中略)それが具体的な表現である限り、絶対に誰かを傷つける表現方法なわけですよね。
(河出書房「文藝」2007春号 特集恩田陸」より)
…とある。
で、私のブクマコメント。
trafficker 書籍, 差別, 漫画 よしながふみの怯えに共感する。何かを口に出すというだけでも私は充分怖い/「差別の存在」を描くのと、描いたものが「差別になる」の境界線を考える。
結局自分の中でのヘタリア問題はここが一番の焦点になってる。ヘタリアが無邪気なままあの内容を「表現」していることにまずモヤモヤした気持ちがくすぶるのだ。一個人のWeb、書籍、そしてアニメ放映と「表現」のフィールドの大きさにも違いがあるので、どこまでなら内輪の居酒屋気分でOKかという線引きも考える必要があるけれど。
よしながふみの言う「怯え」を前にして畏まるなりあえて踏み越えるなり、表現者がどのように振舞うかはそれぞれあると思うけれど、何か発信しようとする人間は自分の「表現」に無邪気過ぎてはならないと思うのだ。まず批判内容を検討する以前の前提として*1、批判を前に無邪気さや「冗談」で逃げることは出来ないし、批判に対して「そんなつもりはなかった」のなら今後は自覚せねばならない。
いやもう、自分のダイアリーどころかブクマコメントひとつ書くにもガクブルしてる小心者がここにいるわけですが。こんなこと書いちゃったからには自分も引っ込みつかなくなるぞー、と思うとホント怖い。